さまざまな離職対策に取り組む企業にお話を聞く企業インタビュー。
今回は、アシザワ・ファインテック株式会社の代表取締役社長である、芦澤直太郎社長にお話をうかがいました。

同社は微粉砕機・分散機の総合メーカーです。ナノサイズまでの微粒子の開発や生産、ビーズミル※をはじめとする産業用粉体機器の開発や製作、メンテナンスなどを行なっています。
コーポレートスローガンに「微粒子技術で”新しい可能性の共創”」を掲げ、粒子の微細化に挑戦する顧客とビジョンを共有し、世界最高レベルの技術とサービスをめざしています。

この記事では、「多能工」という働き方や定着率について、早期離職.comを運営する株式会社カイラボ代表取締役井上からのインタビューをご紹介します。

※ビーズミルとは
ビーズの衝突やせん断により、対象となる粒子をマイクロやナノサイズまで細かくする微粉砕・分散機のこと。

1.「多能工」という働き方について

カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
本日はよろしくお願いいたします。御社の特徴として社員の多能工化があるとお聞きしています。多能工化についてお聞きする前に、業務内容について簡単に教えていただけますか?
当社は一言で言えば機械メーカーで、粉砕機の性能面において世界最先端の技術を追求しています。
ですから、社内には開発や設計、製造、営業、アフターサービスなど多くの職種が存在します。イメージとしては、自動車メーカーがやっていることと似ていますね。これらの仕事を多能工でやっています。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
多能工とは具体的にどのような働き方なのでしょうか?一人がいくつもの部署を掛け持ちするのでしょうか?
部署の掛け持ちではなく、複数の部署を経験してもらっています。入社して最初の約10年間は平均して3~4つの部署を経験するようなイメージです。短いと半年ほど経験して次の部署に異動してもらいます。長くても5年の間に部署移動を繰り返していきます。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
半年というとかなり短い気がするのですが、短い期間に設定している理由は何なのでしょうか?
もちろん半年で仕事を覚えたり、一人前になったりすることを期待しているわけではありません。一人前になるためには、通常2~3年かけないと業務は覚えられないと思います。
営業希望の人を例に紹介しますね。本人も営業を希望しているし、当社としても営業をして活躍してもらいたいと思っています。しかし、営業しかやっていないと営業として一人前にはなれません。技術的な知識も必要ですし、営業の前後の仕事も理解できないといい仕事はできないと思っています。
芦澤社長
芦澤社長
ですので、まずは希望の営業に配属して「どれだけできないか」を本人に理解してもらったうえで、本人とも相談して営業以外の関連部署に配属するケースがあります。
こういうとき、本人には「回り道をするけれど、将来いい営業になるために、基礎的なことから何年もかけて勉強しよう」と伝えています。そういう共通認識を持つためには、最初に半年程度実際に営業を経験してもらうのは意味があることだと思っています。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
現場で「どれだけできないか」を体感したからこそ、次の配属先への納得感が生まれるんですね。
その通りです。最初から「希望以外の部署で修行しろ」と言われても納得できないと思うので、一度は希望通りの配属をしています。
当社の考え方として即戦力を求めるのではなく、入社して5~10年かけて一人前にするという覚悟をもってじっくりと育て上げる教育をしています。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
「覚悟をもってじっくりと育て上げる」というお言葉とても素敵ですね。
人材育成というと社員研修が一般的ですが、入社後の研修にも力を入れているのでしょうか?
研修も力を入れています。
新入社員の場合、入社後3か月間は新入社員だけの研修プログラムを行なっています。会社の歴史や商品、技術的な座学とは別に、社内すべての部署を最初の3か月で経験してもらいます。人によって異なるのですが、短い部署は1日だけ、長い部署は10日くらいですね。
芦澤社長
芦澤社長
この部分は私、宮下が説明させていただきますね。
新入社員には、この3か月の研修で自分のキャリアをデザインしてもらうイメージです。当社では、本人も会社もお互いに納得しながらキャリアをデザインしていきます。
人事総務課 宮下さん
人事総務課 宮下さん
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
ありがとうございます。配属予定の部署やその関連部署だけでなく、社内のすべての部署を一通り経験する目的はどんなところにあるのでしょうか?
目的は大きく分けて2つあります。
1つは社内の各部署の役割や存在意義を理解してもらうことです。
もう1つは、社員たちとの顔合わせですね。現在、全社員160名のうち90%が千葉の本社で働いています。ですので、少なくとも本社の社員とは全員顔合わせを行なっています。この顔合わせは、最終的に早期離職の防止にもつながると思っています。
先輩社員にとっても、「将来を担う人材が入社したのだから、みんなでしっかり教えていこう」と理解してもらう機会だと思っています。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
新入社員の研修でありながら、先輩社員も受け入れる体制を整えるための準備期間ということなんですね。非常によく理解できました、ありがとうございます。

2.多能工を始めたきっかけ

カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
ところで、御社の大きな特徴である多能工化ですが、芦澤社長が多能工化を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
端的に言えば「会社を続けていくため」です。
会社を継続するには、社員に長く働いてもらい成長してもらうことが必要です。そのために無理やりでも人事異動を行ない、さまざまな仕事ができる人材、さまざまな角度から組織を捉えられる人材が出てくることを期待して始めました。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
会社継続のために長く働いて成長してもらうという観点、とても大切だと思います。
もう一つ、意図的に人間関係をシャッフルできる機会をつくりたかったというのも大きいです。中小企業の場合、一つの拠点に集中して仕事をしていることが多く、上司や職場が固定化されがちです。これは人間関係を長く続けられるというメリットがある一方で、もし相性が合わない人がいた場合、お互いつらいですし会社を辞めるしか選択肢がなくなってしまうことも考えられます。
ですので、うまくいっているかどうかに関わらず、意図的にシャッフルして人間関係をリセットすることを自然の形にしたかったんです。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
確かに人間関係の悩みで辞めてしまう人もいますし、人間関係はストレスの原因にもなりやすいですよね。「意図的に人間関係をリセットする」という考えはどこから生まれたのでしょうか?
私が大学卒業後に入社した銀行時代の働き方を参考にしました。
私はこの会社の4代目なので、小さい頃から機械メーカーの社長になるのだと思っていました。ただ、理系には進学できず文系に進学したとき、父から「人や組織をまとめて活かす方法を覚えてほしい」と言われました。技術の専門知識はなくても、人や組織をまとめるプロになれということだと思います。
大学卒業後に入社した銀行では、支店の人事異動は頻繁に行われます。人の入れ替わりが激しい中でもうまくやっている銀行員の働き方を組織活性化のために自社に取り入れたいという思いは当時からありました。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
ご自身の銀行員時代の経験を活かしての施策なんですね。多能工化をはじめたきっかけは、ほかにもあるのでしょうか?
社員の成長を止めないためという理由もあります。ずっと1つの仕事だけをしていると、人は成長できなくなってしまいます。そのまま昇進したとしても、1つの部署しか知らないので視野が狭くなってしまいがちです。
また、他部署で欠員が出た場合、誰かが代わることができなければ会社にとっても大きなリスクになります。
入社後5~10年で多能工化することによって、その後の配置転換でも納得感が持てると思います。限られた人数で仕事上の穴が開かないように運営していくためには、複数の部署を経験しておくことが大事ですね。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
一つの部署しか知らないから視野が狭くなるという現象は多くの日本企業で起きているような気もしますね。ところで、いつから多能工化に取組まれたのでしょうか?
20年前に私が社長になったタイミングで始めましたが、当初は社員の抵抗が激しいものでした。それまでずっと同じ仕事をしてきたのに、キャリアをリセットして新しい部署でゼロから仕事を覚える必要がある、ということへの抵抗だったのだと思います。
場合によっては、後輩から教えてもらったり、後輩よりも成績が悪かったりということもあるでしょうし。ある意味反発は当然ともいえるかもしれません。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
確かに古参の社員の方ほど抵抗かなり大きそうですね。当時の管理職の方の反応はいかがでしたか?
管理職からは、「せっかく仕事を覚えた部下を異動させるなんてありえない」という意見が出ました。確かに短期的に見ると、本人にも上司にもマイナスですが、中長期的には本人や会社にとってもプラスになると考えていました。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
先ほど4代目というお話がありました。中小企業の場合、代替わりで社内を改革しようとすると先代に仕えた番頭さんの抵抗が大きいケースは多いと思います。反発も多い多能工化をどのように進めていったのでしょうか?
そのあたりは父が協力してくれました。父と一緒にやってきた役員には、父が自ら引導を渡してくれました。
父の世代と私の世代の中間世代については、新しい世代交代のための役員として引き上げる条件として、息子(芦沢社長)をサポートしてほしいと父が言い含めてくれました。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
見事な世代交代ですね。

3.多能工の採用・社員と接し方について

カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
最近の採用の傾向だとどちらかというとプロフェッショナル志向が高い人が多く、多能工は求職者から敬遠されがちなのかなと思うのですが、社員の定着や採用への影響はありましたか?
過去3年間の定着率は100%なので、結果的に採用した人たちをがっかりさせていることはないと思います。
採用の際、営業職や事務職など、仕事内容を限定している会社も多いですが、当社は基本的に「総合職」という形で採用しています。新卒採用は総合職のみです。四大卒であれば同じ待遇で、どの職種になるかわからない、という前提で募集をしています。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
ただ、現実的には文系の人に開発をやらせたり、専門性の高い理系の人に経理をやらせたりするようなことはありません。当社の採用は、機械系や電気系、化学系の出身の人たちが中心になるのですが、必ずしも希望通りの部署で働けるとは限らないと伝えています。
入社前に5~10年は「複数の仕事を経験する」ことを了承してもらっていますね。
しっかりと事前に説明をしているからこその定着率100%ですね。
具体的にどのように説明を行なっているのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?
芦澤社長
芦澤社長
採用説明会の場面で「当社では一つの仕事だけをやり続けていくことはできません」と、あえて最初に伝えています。
機械メーカー志望者の中には、設計も製造もどっちも興味がある。お客様のもとで修理もやってみたいという人たちもいます。そういう人たちは能力や意欲が高いと当社は考えています。ですので、そういう「一つのことではなくて、あれもこれもやりたい」人たちに向けて「『やりたい』と言えばどんなことでもできます」と伝えています。
色々とやりたい人は割と多く、そういう人たちに快適な場を提供できることが他社との差別化になっています。
人事総務課 宮下さん
人事総務課 宮下さん
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
なるほど。「いろいろやりたい人」がターゲットなんですね。確かに、設計しかやりたくないという人もいる一方で、まだやりたいことを絞り切れていない人も少なくないですよね。
仮に設計希望の人たちでも、説明会で「設計だけやっていると、設計の技術は上がるけど、お客様の求めているものがわからない独りよがりの設計になっちゃう危険性もあるよ」と伝えると「確かに前後の仕事を覚えないといけないですよね」と当社の考え方の良さを理解して応募してくれる人もいます。
人事総務課 宮下さん
人事総務課 宮下さん
中には化学系で入ってきたのに、機械の修理をしたいと転属を望む声もあります。化学の知識を活用しながらやってくれるので、このような点も多能工の良い部分だと思います。
ですので、「自分に制限をかけずに、なりたい自分になれる会社だよ」と言いながら採用をしています。また、やりたいことがあっても、本人や会社にとってメリットがあるのか、一定の試験があることは伝えています。
人事総務課 宮下さん
人事総務課 宮下さん
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
ありがとうございます。
ここまでは新入社員の研修や採用についての話が中心でしたが、新入社員に限らず、全社員向けに行なっている施策はありますか?
全社員が年に1~2回、社長と面談する機会があります。自分がどういうキャリアを描きたいのか、社長がどのような期待をしているのかを伝えています。キャリアのすり合わせですね。新卒の配属(1回目の配属)は特に力を入れて、きちんと説明する機会を作っています。
この面談のおかげで「言いたいけど聞いてもらえない」と不公平感を持つこともありませんし、不満を持つ前に話を聞くようにしています。
ですので、今のところ不満が出ずにうまく運用できているのは、この「手厚さ」がポイントだと思っています。
人事総務課 宮下さん
人事総務課 宮下さん
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
160人と年1~2回の面談を行なうのは、ものすごく大変そうですね。
社員と接するにあたって、大切にしていることはありますか?
新入社員には、内定を出す前から希望を聞いたうえで、最初は違う仕事をやってもらうことも説明しています。部署異動するときには、学んでもらいたいことを伝えるようにしています。もちろん、本人たちの希望がすべて叶えられるわけではありませんが、配属の理由はしっかり説明は行ないます。
芦澤社長
芦澤社長
新入社員や若手社員だけではなく、もちろん中堅社員に対してもサポートしています。例えば地方への転勤をお願いする時には半年前に内示を出すなど、人の動かし方には手厚くケアを行なっています。
優秀な社員の異動には上司が抵抗することもありますが、上司にもしっかり説明をして巻き込んで進めています。
芦澤社長
芦澤社長
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
社員とのコミュニケーションを大切にしていて、とても素敵だと思いました。まさに「社員を大切にする経営」ですね。

4.今後の施策について

カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
最後に今後考えている施策があれば教えていただけますか?
時間や設備、さまざまな面を検討して、100年企業にふさわしい形にその時々で柔軟に変えていける会社になりたいと思っています。
そのために、人事としてそれぞれの社員に合った働き方で長く働いてもらうことを重要視したいと考えています。
最近だとコロナウイルスの影響で、在宅勤務の環境も整ってきています。今後、早く出勤して早く帰りたいという社員も出てくるかもしれません。
人事総務課 宮下さん
人事総務課 宮下さん
ですので、こういう働き方でないとダメという固定観念を持ち過ぎず、社員のニーズをキャッチしながら、最先端を取り入れていく必要があると思っています。ただ、なんでも取り入れるのではなく、当社に合うものを検討して取り入れたいです。
このように検討を続けていくことが、社員に「この会社がいい」と思ってもらえる会社づくりにつながると思っています。
人事総務課 宮下さん
人事総務課 宮下さん
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
ありがとうございます。「お客様のニーズ」という言葉はよく耳にしますが、「社員のニーズ」という言葉はとても印象的だなと思いました。
総務にとっては、社員がお客様だと思っています。
人事総務課 宮下さん
人事総務課 宮下さん
カイラボ代表 井上
カイラボ代表 井上
すばらしい考え方ですね。本日はお忙しいところお時間いただきまして、誠にありがとうございました。

アシザワ・ファインテック株式会社のご紹介

―会社概要―

社名アシザワ・ファインテック株式会社
Webサイトhttps://www.ashizawa.com/
創業1903年(明治36年)6月1日
設立2002年(平成14年)12月16日
アシザワ株式会社の機械製造事業と不動産賃貸事業を分離するために設立され、2003年4月に営業開始
所在地・本社
〒275-8572 千葉県習志野市茜浜(あかねはま)1-4-2
・大阪支店
〒564-0082 大阪府吹田市片山町 4-15-13
・微粒子技術研究所
〒323-0034 栃木県小山市神鳥谷(ひととのや)2-1-4
・生産技術研究所
〒969-0101 福島県西白河郡泉崎村泉崎外ノ内 9-1
資本金90百万円
売上高2,782百万円(2021年3月期)
技術提携会社NETZSCH-Feinmahltechnik GmbH (ドイツ)
グループ会社アシザワ株式会社
1951年設立(当社の前身)。旧本社工場跡地の物流センターの賃貸
〒136-0076 東京都江東区南砂7−12−4
TEL:03-3645-8111 FAX:03-3645-7811
従業員数159名(男123名、女36名/常勤役員とパート含む)(2022年4月現在)

インタビューにご対応いただいた芦澤直太郎さんプロフィール

芦澤直太郎さん略歴

アシザワ・ファインテック株式会社
代表取締役社長

昭和39年7月3日生
昭和62年  慶應義塾大学法学部卒業
株式会社三菱銀行入行
平成3年  アシザワ株式会社入社
平成7年  同社代表取締役副社長
平成12年 同社代表取締役社長
平成14年 当社設立に伴い現職を兼任