人手不足が深刻化するなか、学生からのイメージの悪い業界は採用したくても応募がない、内定を出しても辞退者が続出するという状態が起きています。
「人材の定着は大事だけど、その前に採用がままならない」という声も聞かれます。
今回の対談は、アダルトコンテンツ制作・販売のソフトオンデマンド株式会社で人事執行役員を務め、現在は人事コンサルタントとして活躍する、株式会社ハタラク代表取締役の天谷祐さんにお話をお聞きしました。
本記事の要約
ゲストプロフィール
天谷 祐
株式会社ハタラク 代表取締役
大学を卒業後、SE、FC本部などを経験後、 1996年ソフト・オン・デマンド株式会社に入社。創業メンバー6名のうちの1人として営業責任者からスタートし、仕入担当責任者、新規事業担当、直営店担当責任者を経験後、人事担当責任者に。
当時、人事部門がほぼゼロの状態から制度、採用、労務など全てを担当し、構築する。
その後、グループ各社の経営再建の人事担当(2社)から管理部門統合に人事責任者として関わり、海外部門の担当も行い人事担当執行役員に。(グループ全体で約500名)
2015年、ソフト・オン・デマンドを退職し、株式ハタラクを設立。
インタビュアー紹介
井上 洋市朗
株式会社カイラボ 代表取締役
2008年 株式会社日本能率協会コンサルティングへ入社し、大手企業の業務改善などに従事。その後、社会人教育のベンチャー企業などを経て2012年3月に株式会社カイラボを設立。
2013年に新卒入社後3年以内で会社を辞めた早期離職者100人へのインタビューをまとめた「早期離職白書2013」を発行。
早期離職の実態と対策に関するコンサルティングのほか、セミナーや研修を全国で実施。現在は高校生や大学生向けのキャリア教育の授業にも登壇し、年間100件以上のセミナーや研修などを行っている。
創業期のソフトオンデマンド社で営業から人事責任者へ抜擢
井上:まずは天谷さんの経歴と現在の仕事内容についてお聞かせください。
天谷:約4年前に株式会社ハタラクを設立し、現在5期目になりました。
独立する前はソフトオンデマンド株式会社に約20年務めていました。ソフトオンデマンドは、アダルトコンテンツを制作から販売までを行う会社です。
井上:20年前というと、ソフトオンデマンドが創業した直後くらいでしょうか?当時、「マネーの虎」にも出ていたあの有名な社長と一緒に働いていたということですね。
天谷:そうですね、ほとんど創業と同時期に入社しました。
スタートの時から参加させていただいて、当初社員は6人でした。私は当初、営業で参加させていただいたのですが、会社が大きくなり社員が100人くらいになったタイミングで人事を担当することになりました。
それまで人事経験はなかったのですが、人事責任者を任せていただきました。そこから約10年くらいソフトオンデマンドのグループ全体で人事の執行役員までやらせていただきました。
井上:人事といっても、労務や採用、教育など様々な分野があるかと思いますが、その中でどのあたりを中心に担当されていたのでしょうか?
天谷:社員が100人いたとはいえ、当時はまだ大企業というほどではなくベンチャー企業でしたので、人事部の中で担当が分かれているのではなく「みんなで全部やる」という形でした。ですから、採用から労務から、研修など全般的にやらせていただきました。
人事責任者の経験を活かして企業の人事業務を総合的にサポート
井上:ありがとうございます。ソフトオンデマンドを経て約4年前に独立されたわけですが、現在の株式会社ハタラクではどんな活動をされているのですか?
天谷:ベンチャー企業や中小企業を中心に人事全般のコンサルタントをさせていただいてます。具体的には、人事の立ち上げであったり、お悩みごとや困っていることをサポートする事業をメインに活動しています。
井上:人事系の企業コンサルタントの方は「採用」や「教育」などある程度専門をお持ちの方も多いと思いますが、天谷さんは前職の経験を踏まえ、全般的に採用から教育までサポートしているのでしょうか?
天谷:最近では、人材不足もあり、採用のご相談をいただくことが比較的多いのですが、やはり全般的に人事のことをサポートさせていただくことが多いです。私が人事を一通り経験をしていることもあり、人事全般をサポートできるのが私たちの強みだと思っています。
不人気業界?ソフトオンデマンド社の新卒採用必勝秘話
特殊な業界だからこそ採用ブランディングはやりやすい
井上:ここからは、天谷さんの前職、ソフトオンデマンドの新卒採用についてお話を聞かせてください。
ソフトオンデマンドといえば、アダルト業界の会社としては知名度も高いですし、社長も有名な方ですよね。とはいえ、アダルト業界ですから、採用には苦戦するんじゃないかな?というイメージがありますが、実際はどうだったのですか?
天谷:世間一般のイメージからすると採用に苦戦する業界ではないかと思われがちなんですが、実際はそんなことはありませんでした。
なぜかというと、業界内で有名、なおかつアダルト業界で新卒採用をやってる会社がほとんどなかったので会社の特徴が出しやすかったからです。就活生は「業界にいろんな会社がある中で、この会社を選んだ」ではなく、「この会社しかない」という動機で選んでくれるんです。
そういう意味では、むしろ採用はやりやすかったです。
また最近では「採用ブランディング」「採用広報」という言葉がありますよね。特徴があるからこそ、採用ブランディングも採用広報もやりやすかったと思ってます。
「ナビサイトから掲載拒否」「冷やかし学生が多い」それでも真摯に会社のことを伝える
井上:最近ではナビサイトに情報掲載しても応募がないという話も聞きますが、ソフトオンデマンドの場合は、応募数は多かったのでしょうか?
天谷:まず、ナビサイトのお話からすると大手ナビサイトからは掲載NGをもらいました。アダルト業界はさすがにNGと(笑)。
ただ、なぜか1社だけ求人を掲載していただけるエージェントがありまして、そこに求人を出す形をとっていました。
応募数の話をすると、特徴がある会社だったので、学生に興味を持ってきていただくことは、そんなに難しくなかったかなと思います、いろんな意味でですが(笑)
冷やかしも多かったですね。
井上:マイナビやリクナビなどのメジャーな求人広告には掲載できなかったけれども、説明会を行うと学生はかなり集まったんですね。
天谷:新卒採用をはじめた時には、説明会の日程を出すとすぐに埋まってしまうほど応募がありました。説明会は、満席になることの方が多かったです。
井上:それはすごいですね。とはいえ、先ほどもおっしゃってましたが、冷やかしで参加している学生も多かったのではないでしょうか?
天谷:感覚的には、9割は冷やかしかなと(笑)。「せっかくの機会だからソフトオンデマンドの説明会行ってみよう」みたいな。なので、50人参加してくれたら、45人は冷やかしで5人くらいが本気で受けようと思っている方という感じです。
井上:業界的に説明会に冷やかしが多くなるのは仕方ない部分はありそうですね。説明会では真剣に受けに来ている1割の学生に響くように伝えていたのでしょうか?それとも、冷やかしで来ている方の中から少しでも本気になってくれる学生がいればいいなと思ってお話されていたのでしょうか?
天谷:冷やかしで参加していた学生の中でも興味を持ってエントリーまで進んでくれた学生がいたので、どちらかというと参加者全体に向けて話しをしていました。
ただ、誰でも彼でも興味持ってもらおうというわけではなく、「超大手企業の会社から内定もらっても、この会社に入社したい!」ぐらいの思いを持って応募してくる学生に向けて情報発信をしてました。
私自身、ソフトオンデマンドに対して「こんなに面白い会社は、世の中にない」と思っていたので、同じぐらいの思いを持って入社してきてくれることをイメージしていました。
会社説明会は敢えてまじめ。良い意味でのギャップを生む
井上:少しでも会社に興味を持ってもらうために、説明会ではどういったことを意識されていたのでしょうか?
天谷:まず一つ目が「良く見せすぎない」ことです。
会社のいいところばかり伝えても逆に胡散臭くなりますので、大変な部分なども隠さず伝えるようにしていました。
たとえば、忙しい時など本当に大変な時もあるのでその大変さをきちんと伝える。それから、アダルトコンテンツを扱っていることについてもしっかりとお伝えするようにしていました。また、会社としての課題などもできるだけ隠さずに話しました。
情報発信の仕方でもう一つ意識していたことが「本気になって仕事に取り組んでいること」を伝えることです。
アダルト業界というと、「真面目さ」とはかけ離れたイメージがあると思います。でも、みんな本気になって真剣に仕事に取り組んでいますし、会社としてこれからどんどん成長していきたいという思いもありました。
この真剣さが私自身も好きだったのですが、「いい意味でのギャップ」をしっかりと伝えるようにしていました。
井上:いいところだけではなく事実を伝える。敢えて「堅さ、真面目さ」をアピールしていくことで就活生に対して良い意味でギャップを感じさせて魅力を訴求したんですね。
天谷:とはいってもエンターテイメントの会社なので、「遊びの部分」もきちんと説明していました。普通の会社とは違うこんなこともやってるよ、こんな面白い会社だよという会社の持っているエンターテイメント性も伝えていて、「真面目な部分」と「遊びの部分」の両方をアピールするようにしていました。
説明会自体は敢えて王道を行く
井上:採用の進め方としては、説明会→エントリーシート→一次面接というのが一般的な企業の選考フローですが、ソフトオンデマンドではどんな選考フローだったのでしょうか?
天谷:説明会へ参加していただいた上で、エントリーを希望されるかどうかを聞いて、希望される方には一次面接に来ていただいてました。比較的一般的な採用選考の流れだと思います。
井上:さきほど、説明会に参加する9割は冷やかし目的という話しもありましたが、説明会からエントリーに進む学生の割合はどのくらいだったのですか?
天谷:これが意外と多くて、説明会の参加者の半分くらいはエントリーに進んでいただいてました。毎年、説明会への参加者が800人くらいでしたので、300から400名ほどのエントリーがありました。
井上:凄い数字ですね。それだけ説明会が非常にうまく機能しているということですよね。説明会を行う上でのポイントは先ほどもうかがいましたが、他に何か工夫されていたことがあれば教えてください。
天谷:入社後をイメージしてもらうために、2年目から5年目ぐらいの先輩社員にも説明会に参加してもらうようにしていました。制作やデザイン、営業など部門ごとに分かれ、先輩社員に前に出て話してもらって質問に答えるという形をとっていました。
内定者は親の承諾所が全員必須
井上:次にお聞きしたいのが、内定者に対するアプローチです。
最近では就活生一人当たりの内定取得がだいたい2.5社ぐらいと言われています。そのため内定後の内定グリップが問題になっています、内定辞退が起こらないために何か行っていたことがあれば教えてください。
天谷:まず、応募から面接、内定までの採用フローの中でいろんな形で接点をできるだけ増やして、会社のことや仕事のことをよく知ってもらうということを確実に行っていました。
また、内定後は必ず親の承諾をもらってくる形にしていました。これは代表の思いもあったのですが、学校を卒業するまでいろんな部分で親に支えてもらっていますよね。親に感謝する、親を大切にするという意味でもちゃんと自分の言葉で親に伝えてほしいという思いがありました。
内定者のうち、約50%の学生が入社してくれていました。やはり思いをもって応募してくれる子が多かったので。みんな承諾書をもらってきました。中には、最後まで親を説得できなかったという学生さんもいらっしゃいましたが。
井上:いわゆる中小・ベンチャー企業であれば、内定承諾率50%は決して悪い数字ではなさそうですね。
天谷:そうですね、私たちも50%は最低でも入社まで持っていこうという気持ちでやっていました。
井上:会社側から親の説得の仕方のレクチャーやフォローみたいことはされていたんですか?
天谷:会社案内のパンフレットはしっかりしたものを作っていました。また、先ほど「マネーの虎」の話がありましたが、代表が比較的有名だったので、代表の本を会社から学生に渡して、その本を親に渡すことで会社のことを伝えるようにもしていました。
ただし、人事や社長が自ら親を説得しに行くことはしませんでした。
本人が自分の言葉で伝えることが大事だという思いもありました。また、これから社会人になるにあたっていろんな大人と関わりますよね。中には癖がある人がいたりします。一方で親は自分の味方でいてくれる存在です。社会人の第一歩として、一番身近な存在である親に自分の言葉で伝えてほしいという思いで、会社側が説得にいくことはしませんでした。
井上:アダルトコンテンツの会社だと、親が会社に怒鳴り込んでくるみたいなこともあるのかなと想像してしまうのですが、実際にはどうったのでしょうか?
天谷:怒鳴り込んできたことはありませんでしたが、親が会社に来て辞退の申し出をされたケースはありました。その親御さんからは「あなたの会社は法を犯しているわけではないし、悪いことをしている会社ではないのはわかっているのですが、それでもやっぱり親としては承諾できません」と、言われましたね。
でも、この後、その親御さんの学生は頑張って親を説得して入社してくれたんですよ。
井上:そんなこともあるんですね!やはりそれだけの魅力付けをされているからですね。
天谷:そうですね。そのくらいの思いを持ってきてくれるというのは、僕たちとしてもすごくうれしかったです。
井上:先ほど応募者との接点をできる限り多く作るというお話がありましたが、面接とは別に学生とメールや電話などで連絡をとることもありましたか?
天谷:メールや電話でのやりとりはもちろんありましたし、人によっては内定前に食事に一緒にいったりもしていました。また、先輩社員と話をする機会を設けたりもしていました。
特に入ってほしいなと思っている学生に対してのアプローチは積極的に行っていましたね。
井上:貴重なリアリティのあるお話し、ありがとうございました。
天谷さんの前職の取り組みをお聞きすると、当たり前のことを地道にしっかり取り組まれているなと思いました。
説明会で事実をしっかり話すことや、世間一般のイメージとのギャップとして真面目さを伝える、または内定者選考途中のグリップなど、王道なところをしっかりと確実行うことで、よい人材確保をしていたんですね。
後半では、前職での人事の経験を踏まえて現在どんな取り組みをされているのかについて詳しくお聞きできればと思います。