本当の健康経営とは?健康経営のポイントと実現のための3ステップ (前編)

編集部

健康経営という言葉が徐々に広まり、社員の健康に対して企業が投資する時代になってきました。

今回のゲストは産業保健師として企業の健康経営のサポートを行い、ご自身も大学院で産業保健の研究に取り組むなど、精力的に活動している株式会社PONO代表取締役の杉本九実さんです。

杉本さんとは、カイラボが提供するストレスチェックサービスもお手伝いいただいているため、代表の井上との関係も長く、アットホームな雰囲気の中での対談となりました。

ゲスト紹介

杉本 九実

株式会社PONO 代表取締役

保健師、看護師

大学病院にて3年間看護師として勤務後、産業保健師として2014年に株式会社PONOを設立。

働く組織や人の産業保健システムの構築、健康管理支援を行う。

専門分野は、産業保健、健康経営、メンタルヘルス対策。

インタビュアー紹介

井上 洋市朗

株式会社カイラボ 代表取締役

2008年 株式会社日本能率協会コンサルティングへ入社し、大手企業の業務改善などに従事。その後、社会人教育のベンチャー企業などを経て2012年3月に株式会社カイラボを設立。

2013年に新卒入社後3年以内で会社を辞めた早期離職者100人へのインタビューをまとめた「早期離職白書2013」を発行。

早期離職の実態と対策に関するコンサルティングのほか、セミナーや研修を全国で実施。現在は高校生や大学生向けのキャリア教育の授業にも登壇し、年間100件以上のセミナーや研修などを行っている。

株式会社PONO 杉本さん自己紹介

井上 対談も第3弾ですし、杉本さんとは付き合いも長いので、ゆるくできればと思います(笑)。よろしくお願いします。

杉本  ゆるくお願いします(笑)

井上 まずは、杉本さんの会社(株式会社PONO)と杉本さんの自己紹介をお願いします。

杉本 まずは、会社の話からします。2014年に産業保健師として株式会社PONOを立ち上げて6年になります。PONOでは中小企業に対して産業保健活動を外部から支援する事業をしています。私の専門は、主にメンタルヘルス対策なので、働く人のメンタルヘルスの問題に関してこの6年間ずっと関わってきました。また、私個人としては今年の4月から公衆衛生の大学院にも通っていまして、さらなるステップアップを目指しています。

井上 ありがとうございます。中小企業のメンタルヘルスケアというのは、具体的にどんなことをしているんでしょうか?

杉本 例えば、休職者の方々に対してどう対応していくのかを企業の方と検討するなどの案件があります。
あとは、ストレスチェックですね。2015年から義務化され、従業員50名以上の会社は必ずストレスチェックを実施しなければなりません。。そのために、衛生委員会の立ち上げからストレスチェックの実施、結果の分析、現場へのフィードバックまでを一貫して行っています。
メンタルヘルス対策でも、一次予防から三次予防まで三つのステップがあります。
一次予防は「メンタルの病気にならないように全体にアプローチをしましょう」というステップです。この一次予防に属するのがストレスチェックやセルフケア、また管理監督者に対しての研修等です。
その次が二次予防です。二次予防は「早期発見」です。ストレスチェックで高ストレスの方が毎年出ている場合に早期に発見、対応を行います。

井上 ストレスチェックはカイラボも協力してPONOと仕事をご一緒していますが、会社によっては高ストレス者の率が非常に高いケースもありますよね。

杉本 はい。二次予防としては、その高ストレス者に対する対応や、病気で休職しないように早めに受診を促すなどの対応をしています。
三次予防は、休職者などの社会復帰の支援です。会社に戻ってきたときにより働きやすいようにするためにどうしたらよいかを考えながらサポートしています。

井上 PONOでは一次予防から三次予防まで全般的に取り扱っているんですよね。

杉本 そうですね。特に力を入れているのは、一次予防と二次予防です。

健康経営とは「社員の健康を大切にしながら事業も成長していくこと」

井上 今日のテーマ「健康経営」についてですが、ざっくりでかまいませんので、「杉本さんが考える健康経営」について聞かせていただけませんか?

杉本 健康経営という言葉が出始めたのが、おそらく約10年くらい前からだと思います 。ただ、本格的に社会の流れが出来始めたのが2015年、そこから健康経

営銘柄やホワイト500などの制度が始まりました。社員の健康のためにとても良い取り組みをしている会社はきちんと評価していこうという制度が出来始めてきたのが、やはりそのあたりからだと思います。

「健康経営」は経済産業省が取り組みを行っているのですが、経済産業省は健康経営を会社としての企業戦略や事業戦略という位置づけで行いましょうと言っています。

労働者に対しての健康管理であったり健康増進の対策をとることで、より社員が元気になって働き、業績や企業の価値もアップする、ということですね。事業だけ頑張ってやりましょうというよりは、「働いている皆さんを大切にしながら共に成長していくにはどうしたらいいのか?」を考えていくのが健康経営のスタンスだと思っています。
なので、最近「健康経営」が流行りだしたのは「風潮」としてはいいと思うんです。

井上 「風潮としてはいい」というのは、他になにか思うところがありそうですね?(笑)

杉本 「健康経営をやらなきゃ!」と思って、そこだけに集中してしまうと今度は事業がうまくいかなくなってしまったり、事業と健康経営のバランスがうまくとれなくなってしまったりということもありますよ。また健康経営のためにお金を投じて色々取り組んでもうまく機能せず、結局コストとなってしまうということもあります。

健康経営については、うまくいっている企業と、そうではない企業が出てきている点が最近の課題だと感じています。

井上 例えばよくあるのは、スポーツジムと法人契約をして社員がジムに通えるようにしたけど、実際にジムを使っているのは残業時間の少ない一部の部門だけという話しは聞きますね。この場合、「健康経営のためにスポーツジムと法人契約」していると言ってるけど実際それが健康経営につながっているかというと、わからない。なんてケースもありますよね。

杉本  健康経営自体が、取り組みとしての年数が浅いので、実施したことに対しての評価指標がわかっていないんです。健康経営の取り組みによって、本当に企業価値や業績が上がることに繋がっていくのかどうかは、実はまだ不透明なところがあります。そこが今後の課題です。

井上 私はメンタルヘルスマネジメント検定一種という資格を持っているんですが、その勉強会が毎年あるんです。その勉強会でも「健康経営の効果をどうやって評価するんだ」という話しは出ていました。杉本さんは大学院にも通われているということですが、評価のことは大学院で取り組まれているのですか?

杉本 はい。大学院でも常に叩き込まれているのは効果測定です。
効果測定の手順を説明すると、まず、この取組みならこんな効果があるんじゃないかという仮説を立てますよね。

次に、その仮説を検証するためにいろいろデータをとってきてエビデンスのある評価指標をもとに分析・評価をします。

ただ、評価をしてそこで終わりかといえば、それではダメです。評価したものをきちんと現場にフィードバックするというのが、私の通っている大学院 のメインコンセプトなんです。その部分は実務レベルでは非常に役立ちます。

評価指標をどう測るのかと、評価をどうやって現場に還元するのか?という点が非常に重要です。健康経営の取組みを次のステップに進めていくためには、取組にたいしてきちんと評価をしていく必要がありますから。

終始和やかな雰囲気での対談でした

健康経営に取り組むなら知っておきたい、健康経営実現のための3ステップ

井上 ここから「健康経営の実現のために何が必要なのか」という話をしていきたいと思います。概念的な話ではなくて、杉本さんが実際に取り組んだ事例や有名な事例があれば教えていただけますか?

杉本  健康経営を進めていきたいという企業で多いのが、ハード部分から取り組む企業です。例えば、社内にスポーツジムを作ったり、休憩室をつくったりなどです。

井上 見え方がわかりやすい、という取り組みですよね。

杉本 そうなんです。わかりやすいハード面での取り組みは、社員にとっても「変わった!なんか良さそう!」という感覚があるんですが、実際に健康経営に反映されているかというと、反映されるレベルではないケースが多いです。

なぜかというと、(ハード面の)新しい取り組みや、何か投入するというのは、健康経営のステップで言うと、3ステップぐらい先のなんですよね。

 まず、一番大切なのは社員に対する健康管理、産業保健システムがきちんと整ってるかどうかです。

具体的には、定期健康診断の受診率などです。健康経営に取り組みたいという企業に対して「健康診断受診率は、100%ですか?」と尋ねると、100%ではない企業が意外と多いんですよ。ただ法律上も100%は到達しないといけません。

井上 定期健康診断は企業側の義務ですからね。

杉本 また、ストレスチェックを実施して高ストレスの方がいた場合、高ストレス者の方へ何も対応していないケースもあります。そういった当たり前のことを怠っていると、ハード面で何か変えたりしても、(健康経営の)ベースが作れていないので、ほとんど意味がありません。

まずは、法令上やらなければいけないことに取り組んでいることが第一です。

その第一のステップができていないと、健康経営に取り組んでも成果が出るまで最短でも2年くらいはかかると思った方がいいと思います。

なぜ、それほど時間がかかるかというと、システムを新しく作り上げたり、根本的に経営陣や社員の意識を変えたりするのは、時間がかかることだからです。でも、実はこの第一のステップで健康経営のベースをゆっくりでもいいのでつくっていくのが、健康経営をする上では大切です。

次のステップは、産業保健システムが稼働し出したタイミングで健康診断のデータやストレスチェックのデータが集まってくるので、そのデータを分析して課題を見つけることです。産業医や保健師の面談や長時間労働の状況など、様々な健康と労働に関わるデータの分析です。

分析して出てきた問題に対してアプローチをしないと健康経営は成り立たないと私は思っています。ただ、会社の人事担当者の方には課題を見つけてくるのは難しいかもしれません。そういう場合、産業医や保健師といった健康経営のプロがお手伝いをして、専門的に課題を抽出し、課題解決アプローチを考えていくことが非常に重要ではないかなと思います。

そして、課題に対してアプローチをするのが第三のステップです。
例えば運動をする人が少ないというデータが出たから「」社内にジムを作ってみよう」という流れでスポーツジムをつくるのであれば課題と解決策につながりがあるんです。つながりがある取り組みであれば、数年したら効果測定が測れるかもしれないですね。そうすると、意味のある健康経営のステップアップができていることになります。

井上 「自分たちの会社の課題は何で、解決のために何をやらなきゃいけないのか」が分かってないのに、なんか隣の芝生は青いから他者の真似してみようみたいな感覚で健康経営に取り組むと失敗するよ、という話ですよね。

杉本 そうですね。 井上 人事制度なども似たようなところがあって「評価制度」であったり、最近流行りの「1on1」などとりあえず導入してみた企業が多い施策がありますが、他社を真似して導入した企業はほとんどうまくいきません。「その取り組みって、本当にあなたの会社に必要ですか?」と感じてしまうことはありますね。

企業が抱える健康課題は業種、社員の属性によって違うからこそデータに基づいた分析が大切

井上 先ほど「企業の健康課題を見つける」という話がありましたが、企業の健康課題には具体的にはどういったものがあるんですか?

杉本 業種業態によっても変わってくるのですが、例えばIT系で若い世代が多い企業であればメンタルヘルスの問題の方が多く出てくる 可能性は高いですよね。

製造業で50代60代の方々が多い場合は労災の可能性は高いですし、血管疾患の可能性も高まります。高血圧から心筋梗塞を起こしてしまうこともあります。それぞれの企業の業種業態、社員の属性、年齢によって健康課題は変わってきます。

井上 今では笑い話ですが、杉本さんがある会社で安全衛生委員会を立ち上げたときに、「うちの会社は喫煙率の高さが問題ですよね」という議題をファミレスの喫煙席でやっていた会社がありましたね(笑)

杉本 ありましたね(笑)
その会社は、最初は衛生委員会の場でもみんなタバコを吸っているような状況だったんですよ。社員の方もそういうところを、変えていかなきゃいけないと思いつつも「習慣をガラっとすぐ変えることはできないよね」という意識でした。それでも、私が関わっていく中で一年くらいしてようやく「やっぱり、うちの会社は喫煙率高いよね」という言葉が社員の方から出てきました。

井上 社員の方から自主的に出たことが大切ですよね。

杉本 はい。自主的な言葉が出るように、こちらでゆっくりアプローチをしていったんですけどね(笑)今では、毎週水曜日は禁煙デーにしようという動きになりましたが、その活動も社員の方から自主的に出てきたものでした。

井上 その会社には、私もストレスチェックの中間報告などで年に1,2回訪問していますが、皆さんの発言や衛生委員会 の会議への姿勢は変わってきてるなと感じます。最初は「なんでこんなことやらないといけないの?何やんの?」という雰囲気でしたが、今は私が報告するストレスチェックの分析データに対する質問も鋭くなってきていると感じます。

昔はデータの見方などに対する質問が多かったですが、最近では「このデータだとこういう仮説が考えられるんですけど、他社さんはどうなんですか」という質問もあります。データから仮説を立てるあたりに、ステップアップしてるなぁとをすごく感じます。ゆっくりやっていくって大事ですよね。

若い人はストレス耐性が低い?世代ごとにストレス耐性の差はあるのか?

井上 早期離職の対策の中で「最近の若い奴はすぐにやめる」という言葉を聞くことがありますが、ストレス耐性というのは世代ごとに差があるのでしょうか?専門家の杉本さんからみてどうでしょうか?

杉本 これって難しい話ですよね。

井上 何をもって差があるというか難しいですよね。

杉本 私たちが20代のときも上の世代から見たら、20代はストレス耐性が弱いって言われていたはずですよね。

井上 エジプトの象形文字にも「最近の若者はなっとらん」って言葉が刻んであったなんていう話もありますからね(笑)

杉本 そうなんですか(笑)どの時代でも、起こることなんですね。ただ、やっぱり上司の方からすれば「若い人は、ストレス耐性が弱い」という感覚を抱きやすいと思います。

データでお伝えすると厚生労働省が「過労死の状況」について労災の件数等を発表しています。平成30年度の情報では、精神疾患の労災請求件数はどの年代に多いか知っていますか?

井上  確か30代が一番多いんでしたっけ?

杉本 40代ですね。(高い順に)40代→30代→20代→50代 の順番です。つまり、精神疾患ということでいうと、若者より中間管理職、トップの部長職の層に多いんです。必ずしも若い人に限ってメンタルの問題が多いかというと、そうではないです。

どの年代でもストレス耐性に弱い人もいれば強い人いるので、若いからストレス耐性が弱いという仮説は成立しないと思います。

井上 40代、50代の責任あるポジションにいる人が突然鬱になってしまうというのはよく聞くパターンですからね。「最近の若い人だからストレス耐性が低いわけじゃないですよ」っていうのは、しっかりアピールしていいわけですよね。

また、男性と女性の差という話でも同じことがありますよね。この間、とあるメーカーに研修にいった際、参加者のみなさんに「男性と女性どちらが、うつ病になりやすいと思いますか?」と聞いたところ、目の前の女性から「絶対に男性!」という 答えが返ってきました。理由を訪ねてみたところ「私の周りで鬱になっているの、男性ばかりだからです」という理由でした。でも、実際は女性の方が鬱になりやすいというデータがありますよね。

先ほどデータから分析するという話がありましたがデータをしっかり見るのが大事ですよね

杉本 そうですね。私はもともと大学病院で仕事していたのですが、例えば血圧などの健康診断のデータ ってパッと見でみればただの数値 です。でも、私はただの数値としては見ていなくて、その数値は患者さんから私たちに発せられている体からのメッセージだと思っています。生きた数値としてみてあげないと、本当の意味での関わりや相手にとって役立つ支援というのはできません。

健康経営でも同じことが言えます。データをただの数値として見るのではなく、この会社の背景には何があるんだろう?と考えながらアプローチをしていかないと、より効果的な保健 事業はできないと思っています。

後編へ続く)