本記事の要約
ゲスト紹介
杉本 九実
株式会社PONO 代表取締役
保健師、看護師
大学病院にて3年間看護師として勤務後、産業保健師として2014年に株式会社PONOを設立。
働く組織や人の産業保健システムの構築、健康管理支援を行う。
専門分野は、産業保健、健康経営、メンタルヘルス対策。
インタビュアー紹介
井上 洋市朗
株式会社カイラボ 代表取締役
2008年 株式会社日本能率協会コンサルティングへ入社し、大手企業の業務改善などに従事。その後、社会人教育のベンチャー企業などを経て2012年3月に株式会社カイラボを設立。
2013年に新卒入社後3年以内で会社を辞めた早期離職者100人へのインタビューをまとめた「早期離職白書2013」を発行。
早期離職の実態と対策に関するコンサルティングのほか、セミナーや研修を全国で実施。現在は高校生や大学生向けのキャリア教育の授業にも登壇し、年間100件以上のセミナーや研修などを行っている。
管理職が知っておくべきストレスチェック結果を見るポイント
井上 「体からのメッセージ」という話がありましたが、経営者や管理職、部門の人がストレスチェックの結果を見るにあたって知っておいた方が良いポイントはありますか?
杉本 個人のストレスチェックのデータ結果は、会社が見ることは法律で禁止されていますので、企業の方が見れるデータは、各部署や会社全体など、集団分析の結果です。この結果をしか見ることができません。
ところで井上さんは、集団分析のデータを会社に説明する側ですが、データを会社の方に見せたときの反応ってどうですか?
井上 ある会社の話ですが、所長会議の場で、各部署の結果を一覧で作って表を見せた時には所長のみなさんは「うちの部署は隣の部署に比べて高いか低いか」といった点に目がいきますね。(ストレスチェックの結果に記載する)健康リスクは100を基準値にしていますが、結果を見る側は健康リスクの数値そのものの高低に目がいきがちですね。
杉本 そうですよね。集団分析の結果って、どうしても全体の点数に意識がいくんですが、重要なポイントは全体の点数がその結果になっている具体的なポイントをみていくことです。
例えば、ストレスチェックの結果から「同僚の支援はあるけれど上司の支援がない」という部署があったとしたら、上司の支援が具体的にどのような状況になっていのかを個別でヒアリングをしてみて、それに対して対策を打っていく必要があります。
あるいは、ストレス反応が異常に高い部署があった場合、実際に何が起きているのか現場の状況を見に行ってみると、とんでもない時間の長時間労働が行われていることもあります。そこまでわかったうえで、まずは長時間労働に対してアプローチをしてみようと対策を行う流れです。データを実務レベルに落として、その背景に何があるのかを見ていくことが重要だと思います。
ただ、その前段階として、集団分析の結果を理解することが難しいので、集団分析の結果の見方を現場の方々に教えてあげることは大切だと思います。同じようなことを井上さんも感じてるかと思うのですが、いかがですか?
井上 ストレスチェックを同じ会社で続けていくと、次第に集団分析の結果を見たときに社員の方から「この時期は業界的に変動があったので、それでストレスが高くなっちゃってるじゃないか?」という声が社員の方から上がるようになります。現場を知っている人たちだからこそ、データを見て具体的な状況がわかることが大事なんだろうなと思います。
「職場ドック」を活用しストレスチェック結果が改善した好事例
杉本 この間、昨年のストレスチェックの結果をもとに行った取り組みでかなり好事例なものがあったので、ちょっとご紹介してもいいですか?
井上 お願いします。
杉本 従業員700名ほどの製造業の会社です。その会社では、毎年高ストレスの職場があったんです。昨年は(ストレスチェックの結果を受けて)3つの部署を見ていたんですが、それまでは社員個人に対するアプローチをしていました。ただ、対個人ではなく部署全体に対してどんなアプローチができるのかを昨年から試し始めました。
進め方としては、まず、その部署の何人かを無作為にピックアップをして、私と産業医の方で面談をしました。面談は1人15分ぐらいで、ストレスが高くなる原因がストレスチェックの結果と合っているかどうか、集団分析の結果と本人が感じているストレス原因に相違があるかどうかを確認し、組織の課題を見つけていくというアプローチです。
その結果、面談で明らかになった内容と集団分析の結果とはほぼ同じでした。
次に、3つの部署に対して「職場ドック」という職場環境改善のプログラムを実施しました。
「職場ドック」というのは、厚生労働省のプログラムでもあるんですが、
・職場をみんなで診断する
・その診断した項目をみんなで話し合いをする
・課題を見つける
・その課題に皆で計画を立案して皆で取り組む
・半年後に評価する
というプログラムです。
このプログラムをやっている企業はまだ少ないのですが、この会社ではまずはやってみようということで取り組みました。実施する前は、正直「良い反応はもらえないだろうな」と思っていたのですが、実際やってみると非常に反応が良かったです。
その会社では、自分の職場のことに関して社員同士が議論をする機会が今までなかったんです。
そんな中で、長時間労働が起きている原因や職場環境についてなんでもいいのでみんな話し合ってくだいとお願いし、話し合ってもらいました。そしたら、もうすごいんです。かなり多くの意見が出てきました。
その後、職場の課題を見つけて社員の方にプロジェクトを組んでもらい、3、4ヶ月実施してもらいました。そのあとに、今年度のストレスチェックがあったんですが、結果どうなったと思いますか?
井上 ストレスチェックの結果が改善していた?
杉本 そうなんです!微弱ではあったりかなり大きな改善が見られたりと部署間での差はありましたが、3つの部署すべてに改善が見られたんですね。
私も初めてそのプログラムをやってみて効果を実感できましたが、なにより、社員の方の意識の変化を感じました。
このプログラムは、私たち専門家があれこれ言うのではなく、社員の方が問題を見つけて自分達で解決していくというプログラムです。そのため、社員の方々にも「自分たちで変えたんだ」という意識があるので、その後はそれぞれの部署で自主的に活動されていました。
また、「次の年も続けていこう」という意見が挙がっていたり、「違う部署も巻き込んでやろうよ」という声も出てきていたりと、すごくいい流れができていました。私が担当したのは、3つの部署でしたが、これが全部の部署に広がることによって会社全体としても良い方向に向かうのではないかと思います。
井上 ちなみに職場改善プログラで最初に集まってもらうのは、部署の人全員ですか?
杉本 できれば全員に集まってもらいたんですが、難しければ半数でもいいんです。あとは時間ですが、本当は60分間のプログラムなんですけれども、それを朝礼の時に15分ずつで分けてやったりもできます。業種業態によっていろいろ変化させることができます。
井上 製造業だと、全員が一斉に抜けるというのはなかなか難しいですもんね。
プログラムの詳しい内容は、厚生労働省のウェブサイトなどを見れば、掲載されていますか?
杉本 「こころの耳」というサイトをみていただければわかりますし、厚生労働省のウェブページを見ればプログラムのやり方も載っています。プログラムをやってみたいなと思った企業は、ぜひウェブサイト等で調べて取り組んでみてほしいなと思います。
井上 やってみたい企業は、杉本さんのところに連絡をすればいいと(笑)
杉本 ぜひ!お問い合わせください。
井上 そうすると、杉本さんが忙しくなって今度は杉本さんが不健康になるという..
杉本 私は大丈夫です!(笑)
経営者の長時間労働や健康に関する課題
井上 私もカイラボという会社を経営していて、杉本さんも経営者で[すが経営者は法律上も定時や残業時間などの規制がなく、守られていない問題はどうすればいいですか?
杉本 自分もその立場なので、難しい問題ですね。大きな企業に属している経営者の方なら規則などがありますが、フリーランスの方や小規模の事業を経営されているなどの場合は難しいですね。
井上 自己管理ということになりますよね?
杉本 ただ、今後の方向性として考えるのであれば、小さな企業で集まって産業保健の活動をお互いに見てあげられるような仕組みができてくればいいなぁと思っています。やっぱり、今の社長さんとか個人経営の方とかっていうのは、高ストレスの方が多いですからね。
井上 個人的な感想ですけど、個人事業主の方って体調を崩されて突然音信不通になってしまうケースも多いんですよね。
杉本 そうですよね。社会の中では経営者やフリーランスは健康とか精神衛生については弱者なところはあると思うんです。なので、小さな企業や個人事業主の方が集まって互いにみてあげられる仕組みができればいいんじゃないのかなぁとも思っています。
井上 作ってください!!(笑)「フリーランス専用保健室」みたいな
杉本 あっ!いいですね。井上さんもご協力をお願いします。
社員の定着率と健康には因果関係があるのか?
井上 私は、早期離職対策として管理職やOJT担当者、メンター向けに企業研修を行うことがあるのですが、その際にクライアントの企業から「メンタルヘルスに関する内容を入れてほしい」という要望をいただくことが多々あります。そこで、お聞きしたいのですが、「社員の定着率」と「社員が心身ともに健康であること」って共通点はありますか?
杉本 「社員の定着率」と「社員が心身ともに健康であること」の相関関係のデータがないので私の印象でしかないのですが、経営者と労働者側が対等な立場でお互いのために思いやりを持っていろいろな活動をしている企業さんっていうのは離職率が少し低いんじゃないかなと思います。
一方で、労働者側が会社に対し制度や仕組みなどを「やってもらって当たり前」というスタンスだと健康経営の取組みは崩れやすいです。また逆に、事業者側が社員に対して「健康に働くのは当たり前でしょう」というスタンスでいると、労働者との意見の相違が起きやすいですよね。
双方にとってより働きやすく、健康で楽しく長く働いてもらうためにどうしたらいいのかについて、お互いが考えられているというのは重要なポイントだと最近特に思います。どちらか一方ではなく、両方が思いやりをもって活動に取り組む方が健康の度合いも上がってきますし、いい人材が集まってきたり、長く働く人が増え企業価値も上がっていくというのが私の感想です。
井上 なるほど。新しい取り組みをするときにも、経営者側が社員の方に「こういう理由でやります」というメッセージがあったり、逆に社員から提案が挙がってきたけど「こういう理由でやらないです」というメッセージと一緒に伝えられるかどうかがすごい大事ですよね。
あるIT企業の事例ですが、IT系の企業では生産性向上のために、自分で座る椅子を自分で選べるという仕組みを取り入れているケースがあります。ただ、その企業は椅子を自分で選べるということを敢えてやらずに違ったことを取り入れたんです。どういう取り組みかというと。
・インフルエンザの予防接種代の補助
・花粉症を申請すると花粉症グッズをもらえる、花粉症に対する診療の補助
などです。
椅子を自分で選べることで上がる生産性とそこにかかるコストを考えた場合、花粉症への補助の方が社員が健康的に仕事に取り組めるようになるという考えでやっているそうです。そうしたメッセージを経営のトップが伝えていることがすごい大事だなぁと、その事例を聞いたときに感じました。
杉本 そうなんですね。井上さんは「社員の定着率」と「社員が心身ともに健康であること」の共通点についてどう思いますか?
井上 長い目で見れば、ある程度一致はしてくるかなと思います。ただ、定着率も健康経営も同じなのが、意図的に狙ってそういう結果になったのか、偶然、産業構造的にもしくは業界の事情的に定着率の高い・低いの差が出ているだけなのかの違いは大きいと思います。
例えば、健康経営ではIT系の会社が多く特集されることが多いですよね。ただ、これはIT系に資本が多く入ってきやすいことや利益率が高いから社員の健康に対して投資しやすい、だから健康経営をやりやすい部分ってありますよね。
また、3年以内の離職率でいうと、業界別の平均値というのを厚労省が出してるんですけど、一番低い業界は10%前後で年によっては10%切るんです。一方、高い業界だと約50%で、高いときは50%を上回ります。ということを考えると、じゃあこの会社が離職率高いか低いかっていうのも、業界平均と比べた時に高いかどうかは捉え方で変わってくる可能性があります。
会社として「うちはこういう思いで早期離職を予防しています」とか「社員の健康を考えて、こういう健康経営に取り組んでいます」といった一貫したメッセージがある会社はおそらく離職率も低くなると思いますし、社員の健康度合いも高くなると思います。
一方で、偶然の結果として健康状態の良し悪し、定着率の高低が出ている企業もありますようね。そういう企業だと社員の健康状態はかなり悪いのに、辞める人が少ない=定着率は高いという状態になったりします。
杉本 なるほど。
井上 この辺りは、例えば健康経営銘柄やホワイト500に選ばれた企業の株価を見ると、健康経営銘柄に選ばれたときよりも、数千人のリストラを発表したときの方が株価が上がるようなこともあります。そんな状態なので「健康経営をやったら儲かるのか?」という話とも繋がってきますよね。
杉本 そうですね。ただ、健康経営のポイントは別にお金をかけなくてもやれることはやれるんですよね。なので、そんなに堅苦しく考えずに「労働者も事業者側もみんなで働きやすく活力あふれる働く現場をみんなで作っていけたら、それって会社にとってもいいよね」というやんわりとしたスタンスも大切なんじゃないかと思います。
産業医や保健師の意識と現場とのギャップ問題
井上 あくまで私の印象ですが、産業医の方って「あるべき論や、法律で決まっているからやりなさい」というスタンスの方が多く、そのために現場の方からはあまり良い印象を持たれていないケースもあると思うのですが、杉本さんから見てどうですか?
杉本 産業医の先生も若い方から大御所の方まで年齢も考え方もそれぞれです。ただ、最近は30代・40代の産業医の先生たちは考え方も変わってきています。もちろん法令上やらなければならないことに関してはきちんとアドバイスしますが、他の点に関しては「こうやりなさい」ではなくて、その会社にとって何が必要で、健康課題が何なのか、それについてどうみんなでアプローチしていくのかについて一緒に考えていく産業医の先生が非常に多くなっていると思います。
今の30代40代は少しずつ産業保健に対する世の中の考え方が変わってきた世代なんです。なので、専門家だけではなく色々な方の視点を持つようになってきているので、今後は明るい未来があるのではないでしょうか。
井上 ありがとうございます。私が一つ問題意識を持っているのは、管理職の方や出世している方は、仕事上のストレスなどをうまく乗り越えていった方が多いですよね。早期離職の問題もそうですが、辞めてないから管理職になっているという構造上の問題があります。自分が経験していないから辛い人の気持ちや状態がわからないことで意見の食い違いが起きてしまっているのではないかと思います。
あとは、先ほどの経営者、個人事業主の健康管理問題ですね。
杉本 新たな社会問題になりつつありますよね。
井上 副業や独立なども多くなってきていて、それこそパラレルワークで働いている場合、どちらの企業が健康診断の義務を負うのかなどの問題もありますよね。なので、「フリーランス専用保健室」の設立よろしくお願いします。
杉本 (笑)ぜひ、協力してください
杉本さんの現在の活動のご紹介
井上 杉本さん現在取り組んでいる活動や告知などがありましたら、お願いします。
杉本 産業保健の活動を長年やってきておりますので、例えば「社員の方々の健康管理やメンタルの問題が出てきてどうしよう」と思う場合は、お声がけいただければお手伝いすることは可能です。
問題があるけどそれを見ないようにするとか、メンタルがやられている社員がいるから辞めさせればいいとかそういうことではなくて、社員みんなのために、または次のステップアップとして私たち専門家を大いに活用していただきたいなと思うので、ぜひ、そういう問題がありましたらよろしくお願いいたします。
井上 カイラボでもストレスチェックの委託を受けていますが、ストレスチェックしようとしたら衛生委員会がなかったというパターンもありますよね。ただ、杉本さんは衛生委員会の立ち上げからできるので、そこは強みですよね。
また、現場感があり、大学院での学術的バッググラウンドを持っいるので、杉本さんのような人がどんどん世の中に増えていっていただくと、一社に一保健師とか。
杉本 それが理想ですね。
井上 産業医の先生は産業医の先生でやることがあったり忙しかったりするので、もうちょっと距離感近い感じの保健師の方が出てくればいいですよね。そうなったら、ここでの動画の話は未来予想ですね。
杉本 永久保存版ですね。(笑)
井上 というわけで、本日はどうもありがとうございました。
杉本 ありがとうございました。